見えないものを描く。

 

さて、今日は物理のお話です。

物理のお仕事では、むしろ描写する対象が”目に見える”方が稀です。
例えば、”落ちていくボールに加わる力”は見えないわけですが、目に見えないから描かないというのでは、お仕事になりません。ただこの点、昔偉い人が矢印で示すことを考えついたお陰で、だいぶ解りやすくなりました。

こういった例は今も続いていて、最近ではとうとう重力波まで見えるようになりましたが、重力の小さな変化を目で直接感じるのはムリです。
しかし、サイエンスイラストでは、なんとかして描写する必要があります。

例えば、私が直接関わった例として、赤外線の描写があります。
“Determination of the polarization states of an arbitrary polarized terahertz beam: Vectorial vortex analysis”
Toshitaka Wakayama, Takeshi Higashiguchi, Hiroki Oikawa, Kazuyuki Sakaue, Masakazu Washio, Motoki Yonemura, Toru Yoshizawa, J. Scott Tyo, and Yukitoshi Otani
Scientific Reports, Vol. 5, pp. 9416-1-9416-9 (2015).
Figure 7(a)で、直線偏光の赤外線のレーザーが、TAS plateを通すことで円偏光や楕円偏光が綺麗に混じったビームになるよ、ということを説明する絵だったのですが…赤外線は目に見えません。もちろん”分かる人には分かるよね”ではお仕事になりませんから、色々考えます。(その点、裸の王様のスタイリストはトーク力だけで企画を通したわけで、とても優秀です。)

この論文の共著者である宇都宮大学の東口先生とは長い付き合いで、一番最初のサイエンスイラストから大変お世話になり、学費を収めていないにも関わらず事実上の恩師なわけですが、このイラストの時も、赤外線を何色にするか?で随分話し合ったのを覚えています。

「先生、赤外線だから…赤ですかね…」
「そうですね…」
「でも赤の外だから赤”外”線なわけですよね…白ってどうですか?」
「白はマズイですね…」
「じゃあせめて赤黒くしますか…」

特に物理の世界では、白色の光は、”色々な波長の混じった光”という別の意味を持ちます。この時の研究では単色のレーザーを使うので、光の描写に白を使うのは良くありません。

と、多少脚色しましたが、だいたいこんな風にやり取りを繰り返しながら色を決めました。

ところで、一度こういう体験をすると、世の中の電波を示す絵の、色が気になりだします。
例えば今使ってるパソコンにも、Wi-Fiの接続を示すマークがあります。


Wi-Fiのマークは電波が白で描写されています。
しかし、Wi-Fiは2.4Ghzと5Ghzの周波数を使うので、赤の先、赤外よりもっと外なんだから、赤のほうがいいのでは…

あ、そうか!周波数”帯”だから周波数に幅があって、だから白なんだ!と、だんだん面白くなってきます。

でも、このWi-Fiマークの色についてを呑み会で話のネタにすと、かわいそうな人って思われます。ありがとうございます。

 

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと