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擬人化で科学を説明する光と影

個人的には全く覚えていないのですが、小学校の時の国語のテストにあったという”この時の作者の気持ちを考えましょう”は、いかにも行儀の良い正解とはよそに、”実際その時、作者は全く別のことを考えていた”としてよくネタにされます。

しかし、世の中”相手の気持を考えるスキル”はとても重要ですから、(できるかどうかは別として)とても大切な勉強です。

そして、大抵の人は”相手の気持を考えることができる”という前提では、何かを人に例えて説明する”擬人化”は、有効な説明方法です。

すあなサイエンスで制作するマンガにも、何かを擬人化して説明することは少なからずあります。実際に意思を持っている訳ではない対象物、例えば電子なんかも、一定の願望や性質を持った”電子さん”のとる”行動”として説明すると、解りやすくなったりします。

ところが、擬人化しての説明には問題もあるそうです。

教育学部の大学院を卒業して、今は小学校の先生として働く方にお伺いしたのですが、理科を説明する時、この擬人化が妨げになることがあるそうです。

その方に教えてもらった例として、”お月さま”があります。
低学年の時、国語で”月はいつも付いてくる”という話をするそうです。暗い夜道を明るく照らすべく、いつも付き添ってくれる心強い存在、お月さま。なかなか素敵な話です。

しかし、もう少し学年が進むと、急に理科が”いや月って天体だし”と手のひらを返します。子どもはここで混乱してしまうそうです。

月は優しいから夜付いて来てくれるはずなのに、ただの岩の塊なの?という具合でしょうか。
私はあまりに昔のこと過ぎてもう覚えていないのですが…まあ、そういう風に考える子供がいても不思議というほどではありません。先に月を擬人化して教えてしまうことが、後に実際の月の理解の妨げになってしまう、という訳です。

ところでこの擬人化、子供だけの問題というわけでもないかもしれません。

例えば私自身、何かを”人”に例えることで、考えやすくしていることは多いように思います。
ニュースで国際問題を見ていると、国は擬人化して考えることが多いように感じます。アメリカさんや中国さんが居て、それぞれその人の目的に沿って動いている…ように考えてしまいますが、もちろん国は人の集団なので、そこまで統一された動きはしません。だから時として”予想外”の動きをして、びっくりするのではないでしょうか。

少し科学に近いところでは、”進化”も該当しそうです。
まるで”生物さん”は進化を望んでいて、その希望に基づいて進化した、という誤解をしてしまいそうです。実際には多分”塩を水に入れてかき混ぜたら溶けた”に近くて、そういう性質があったので、時間をかけたらそうなっただけなのでしょうが…なんとなく意思があると想像してしまいます。

こんな風に、ただでさえ人に置き換えて考えがちなのが人ですから、科学を説明する時に擬人化を使うと、余計に心配かもしれません。

ただ、それでもすあなサイエンスのマンガでは擬人化を使います。解りやすさは興味を持ってもらうのに必要なことです。本人が興味さえ持ってくれれば、いずれハムスターの生態について詳しく調べ、”本当はハムスターはしゃべらない”と解ってくれると思う…

ああ、そこは大丈夫ですよね、流石に。

あ、そうそう、みねハムはハムスターなんですよ。大きさがカピバラくらいありますが、ハムスターです。実際のハムスターと人間は大きさに差がありすぎて同時に描写が難しいので、みねハムさんはコマごとに、絵的に都合が良いサイズに大きくなったり小さくなったりします。

質量保存の法則?

そこも大丈夫でしょう…多分。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

盛り込みたい情報量と輪郭線

マンガのような絵は、物体の周りに輪郭線があります。
輪郭線は現実には存在しない線ですが、物体と物体の境目を明確にするので、”わかりやすさ”が上がります。

一方、輪郭線のある絵は少しチープな印象になります。
絵描きの立場としては、せっかくご依頼を頂いた絵だし、手間を掛けてリアルに輪郭線のない絵を描きたいと思うことも多いのですが、ここには注意点があります。

輪郭線のない絵は、輪郭線のある絵に比べて、見る人が絵を把握するために脳を多く使います。すると、見る人は”疲れる”ので、”あまり良く見てくれない”という問題が起きます。

記事内の画像のように、白背景にリンゴがひとつづつ置いてあるような場合であれば、どれもそれほど変わらずに”りんごだ”と見てもらえます。
ところが、サイエンスイラストにはよくあるように、色々な説明が一つの絵の中に盛り込まれていて、リンゴの周囲にも様々な情報が有る場合、リアルな絵は全体として”わかりにくい”という状況に繋がります。

例えば木があって、その木に加わる力があって、その結果リンゴは落ちる…というような事を説明するイラストですと、リンゴの周囲には木や矢印など多くの情報が配置され、そのすべてを見てもらう必要があります。
このような場合は、リアルに描いたリンゴより、輪郭線を使って少しマンガに寄せた絵のほうが全体として解りやすいイラストになります。

絵は、あくまで情報伝達のためのツールです。そのためには、その場その場で最適な描写を選ぶ必要があります。製作者にとっては”ここは腕自慢の場ではない”ということを常に念頭に置いておく必要があります。

まあ、伝える情報が十分絞り込まれていて、予算もあれば、思う存分描き込むのですが…(ちなみに、一番左のリンゴは製作時間40秒、一番右のリンゴは8時間です。)

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

良い絵描きになるために。

絵描きの良し悪しを決めるパラメータは、たくさんあります。

もちろん一つには”絵の上手さ”。絵でお金をもらうなら、一定水準は必要です。やはりうまいに越したことはないですよね。でも、”描く速さ”も重要です。誰でも諦めず膨大な時間を投入すれば、いつかは上手い絵が描けます。ただ、それでは仕事になりません。

これから絵を学ぼうとしている人、絵を学んでいる人にとっては、どちらも重要です。

上手に描くためには、とにかく諦めないことです。”ここで終わりでいいのか?”と常に自分に問いかけてください。他の人は、もう一歩描き込んでいると思います。
実際、絵描きの採用において、”根性”は最低必須条件です。

もう一つ、速く描けるようになるためには、とにかく日々速く描く練習をすることです。駅で見た人をスケッチする…のは敷居が高くて難しいかもしれませんから、たとえば、YouTubeなどの動画を流しながら、一定時間だけストップして描く、というのも良いと思います。
短時間で絵を描くということは、対象を素早く把握して、特徴を見抜き、思った通りに手を動かす、という脳の訓練です。これは上手に描くことにも繋がります。

良い絵を描くために、日々練習し続けるのは当然ですが、とりあえずはこの2つの要素を課題にするのが良いと思います。

ただし、実際の仕事においては、この2つだけで決まるわけではありません。絵描きと言えど、決して終始一人で仕事をするわけではありませんから、コミュニケーション能力は必須です。自分の言いたいことをしっかり言葉で説明できるようにすること、相手の言いたいことをなるべく正確に聞き取れるようにすることはとても大切です。

サイエンスイラスト・サイエンスマンガの場合は、ここに科学に対する理解力なども加わってくるのですが…それはまあ、先のお話でしょうか。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

研究紹介に、産業応用まで含める必要があるのかな?っていう話。

研究について説明する時、特にストーリーのあるマンガでは、話の最後で研究の産業応用や社会貢献の可能性について触れることがほとんどです。ご依頼された研究者の方から提案されることもあれば、こちらから提案することもあります。

ただ実際には、私も自身も、それからご依頼頂いた研究者の方も、仕事のモチベーションの出処は、好奇心の部分が大きいです。こういった状況では、話のオチを産業応用にすることに、多少のひっかかりを感じます。

研究紹介マンガの目的は、研究に興味を持ってくれる人を増やすことです。マンガを読んでくれた方が、”その研究面白そうだな””自分でもっと調べてみよう”ついでに”自分も研究したい”と思ってくれたら理想的です。すると、マンガのオチは”この研究はおもしろい!”で終わりたいところでですが…なかなかそれだけではすまない時代です。

その研究の先にあることが社会貢献である必要は無いとは思いません。ただ、その研究が将来何の役に立つのか、先の先まで完璧に想像できるほど、人間の想像力は優れていないと思います。

例えば、飛行機の研究についてです。

一番最初は、幅広の板切れを持って丘を駆け下りるところから始まったそうです。その時その研究者が”この研究は将来かならず人類の役に立つ””人が自由に空を飛ぶようになり、移動のコストが大幅に削減されて、社会に大きく貢献する”とまで考えていたか…?
まあ、考えていたかもしれませんが、十中八九そこまではないでしょう。
ただ、今はできないことを”できるようにしたい”、そのために必要な”飛ぶ仕組みを知りたい”の一心だったのではないでしょうか。

現代では、科学はとても高度になり、もはや1人では研究しきれません。さらに、板切れを用意するだけで実験できるほど手軽でもありません。研究にはどうしてもお金がかかります。
私が呑み会で、つい最近知った面白い研究について話すと、ごくたまに”その研究に使うお金を福祉に回せば、みんなもっと幸せになるじゃないか”と言われることがあります。
とても厳しい質問です。

でも、私は”そのお金があれば、今日その人を救うことができるかもしれない。でもお金はいつか尽きる。一生養うことはできない。それより、多少先のことになっても、研究に投資すれば、いつかそういう不幸な人を完全に無くせる。”と答えるようにしています。

当すあなサイエンスの企業理念は、研究を理解してくれる人を増やすことです。理解とは、本当に研究の内容を理解してくれたらそれはそれで嬉しいのですが、”許す”というようなニュアンスも含みます。

失敗した研究でも、”この方法は行き詰まるからやらない方が良い”という大切なデータです。自分の仕事に置き換えて考えてみれば、失敗がいかに貴重な経験となるか、すぐに解ります。

もっと多くの人が研究に理解を示してくれるようになれば、もっと自由に研究できるようになるはずです。基礎が産業応用に至るには何十年もかかるかもしれませんが、どんな研究でも、すべて必ず人類の財産になるはずです。

そのために、人の好奇心を刺激したい。
すあなサイエンスが、その一助になれば、それほど幸せなことはないな、と思います。

あ、でも広報の方からお仕事をご依頼いただいた場合は、直球で”貢献”をアピールします。それはそれでとても気持ちのいい話ですし。

何かが解った時の喜びも大きいけど、誰かが喜んでくれた時の喜びも大きいですしね。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

イラスト・マンガのサイエンスな所に必要な資料探し。

サイエンスイラスト・サイエンスマンガのお仕事は、インターネット無しでは成立しません。

論文など、うっかり情報が漏れたら大変なことになるお仕事は自分ひとりで対応しますが、そうでないものは、全国に散らばるうちのスタッフの力を借りて進めます。絵が上手くて科学も好きな(しかもお安く手伝ってくれる)人材は本当に貴重ですから、もはや近所に住んでいて、などという贅沢は言えません。SkypeやLINEを通して打ち合わせし、Dropboxでファイルをやり取りしています。

もちろん資料探しにおいてもインターネットは大活躍です。もしインターネットがなかったら、一年で必要になる資料代は車が買えるほどでしょう。専門書は高いですし…。

さて今日は、サイエンスイラスト・サイエンスマンガの制作に必要な資料の探し方についてです。 

打ち合わせの前の予習や、打ち合わせの最中、あるいは制作に入ってからも”描いてみたら情報が足りないとわかった”場合など、とにかくインターネットで検索します。

Wikipediaに項目がある程度の専門用語なら、20〜30件はヒットするのでそれほど困りません。
でも、迂闊に信用すると痛い目にあうのがインターネットですから、検索結果のインデックスから最低10件は”新しいタブ”で開いて、一通り目を通します。その情報が、大学や研究機関のホームページに置いてあるならまず大丈夫ですが、その他の場合は注意が必要です。
また、キーワードで検索している以上、”今知りたい事”について解説しているのではなく、別の解説の一部に”知りたい単語が登場した”だけなことも多いです。それでも、欲しい情報の周辺情報として頭のなかに入れていくと、”今知りたいこと”の理解の助けになります。
こうしてタブそれぞれの情報についての”正確さ”を頭の片隅に起きながら、それぞれの解説を平均化して、大体の傾向を掴み、絵に盛り込んでいきます。

もう少し専門性が高い単語ですと、ヒット件数が一桁台になってきます。ただここまで来ると”専門家以外はその単語すら知らない”状況なので、情報の確度についての心配は減ってきます。(ただし、全くなくなるわけではありません)ところが、こうなってくると今度は解説も専門的で容赦がない場合が多いです。まずはヒットして開いたタブを流し見して、それぞれの解説文に共通しがちな分からない単語を調べて…と3〜4階層くらい、開くタブが50枚くらいまでいくと、大体なんとなくわかってきます。

また、意外と役立つのが、外国語での画像検索です。専門用語はたいていカタカナですから、英単語に置き換えて(googleの”次の検索結果を表示しています。”のおかげで、多少スペルが間違っていてもなんとかなります。)検索してみると、日本語圏では文章のみだった解説が、海外では図入りで解説していることがよくあります。こんなのをまた10件ほど新しいタブで開いてみると、なんとなく知りたいことが見えてきます。
最近は英語の他にも、中国語での画像説明が充実しています。ジャンルによってはロシア語も強いです。

ただし、こういった画像検索のときに注意したいのは、見つけた説明のスポットが自分の欲しい情報と少しずれている場合です。こういう場合、自分の必要な部分が簡略化されていて、そのまま真に受けると不正確となってしまうことがあります。こういう事態を避けるためにも、多数の資料を集めるのは効果的です。

こんな風に、検索の範囲を広げたり狭めたりしながら、徐々に深く掘っていき、途中でひろった必要な資料を次々と保存していきます。

やがて自分の知識も増えてくると、検索でヒットする資料に.pdfが増えてきて、ご依頼を頂いた先生ご本人や、共同研究されている先生方の名前が登場してくるようになります。
興味はつきませんが、絵を描かないことには仕方がないので、資料収集はひとまずこのあたりで切り上げます。あとは描きながら追加の資料を探したり、ご依頼を頂いた先生ご本人に質問のメールをお送りすることになります。

こうして集めた資料は、打ち合わせのときに頂いたスライドなどを含めて、イラスト1枚あたり画像だけで100枚ほど、pdfや保存したウェブページも10ページ以上になります。マンガならその3倍から5倍でしょうか。資料参照用のディスプレイには常に数枚が並んでいる状態で制作します。

絵について考える時、絵を描く時、仕事中はどの場面でも、必要な資料がいつでも視野の片隅に入るようにしておく必要があります。資料を見なければ正確には描けないし、一つのディスプレイで制作と資料確認を繰り返すのは、脳の負担も、手の負担も大きくなります。最近はディスプレイもかなり安くなったので、私は最大で6枚のディスプレイを同時に利用しています。

当すあなサイエンスでは、二度目以降のご依頼や、共同研究されている先生からの紹介いただいた場合は、少しですが値引きできることがあります。それは、必要な知識に共通部分があるため、勉強にかかる時間を削減できるからです。

ところが、通常打ち合わせはおよそ1時間、資料用に写真が必要な場合は+1時間程のお時間を頂いていますが、2度目以降の打ち合わせで、何故か時間が長くなることがあります。
それは、こちらの知識が増えたので、より突っ込んだ質問をできるようになったためです。そういう場合、”多分仕事とは直接関係ないのですが、興味があるので…”と前置きします。

しかしながら、先生方もお忙しいので、なかなか余談を切り出すタイミングがなかったりもします。

そういう時はちょっとさみしそうに帰ります。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

概念を描写する。

昨日の物理の話につついて、今日はもう一つ描写の難しい対象、”概念”についてです。

例えば、身近な概念として、エコがあります。辞書サイトによると、”自然環境保全。また、それらへの関心や意識”。

うん、どこをどうすれば絵になるのか…。

ボヤいていても仕方がないので、とりあえず先例を調べてみます。
困ったときは画像検索。エコロジーは和製英語ですが、大抵の単語は英語で検索すれば、言語の壁を超えて、先輩方の仕事ぶりを伺うことが出来ます。


大体植物や水、青空のイメージが多いですね。確かにエコといえば私もそんなイメージをいだきます。
ところが、環境保護に取り組んでいる農学部の院生の方に聞くと、実はエコを正確に理解するのは難しいそうです。

このイメージに対する反例をサクッと考えてみましょう。
エコというと、人間としてあまり利己的にならず、色々な生物と一緒に生きていこうぜ!というような事を想像するわけですが、砂漠には砂漠の環境があります。もし砂漠に水が溢れて植物が繁茂したら、倒せば素敵なアイテムを落としそうでお馴染みのモロクトカゲが滅びてしまいます。というわけで、場合によっては植物や水のイメージがエコではないわけです。

すると、こういったエコの画像は、”私達が暮らすこの辺りでは”という地域限定の画像だったとわかります。

もっとも、”多くの人が抱くイメージ”に寄せることで余計な説明を減らし、重要なポイントを強調することができるというのも、絵を作るときに必要なテクニックの一つではあります。

私もエコに関するお仕事を頂いた時は、喜んでで緑色や青色を使います。

そうそう、最後にとても大切なことを。
呑み会の席では、砂漠のエコの話もしないほうがいいですよ。2分で話の輪から外され、じっくりお酒の味に集中することになります。ありがとうありがとう。

 

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

見えないものを描く。

 

さて、今日は物理のお話です。

物理のお仕事では、むしろ描写する対象が”目に見える”方が稀です。
例えば、”落ちていくボールに加わる力”は見えないわけですが、目に見えないから描かないというのでは、お仕事になりません。ただこの点、昔偉い人が矢印で示すことを考えついたお陰で、だいぶ解りやすくなりました。

こういった例は今も続いていて、最近ではとうとう重力波まで見えるようになりましたが、重力の小さな変化を目で直接感じるのはムリです。
しかし、サイエンスイラストでは、なんとかして描写する必要があります。

例えば、私が直接関わった例として、赤外線の描写があります。
“Determination of the polarization states of an arbitrary polarized terahertz beam: Vectorial vortex analysis”
Toshitaka Wakayama, Takeshi Higashiguchi, Hiroki Oikawa, Kazuyuki Sakaue, Masakazu Washio, Motoki Yonemura, Toru Yoshizawa, J. Scott Tyo, and Yukitoshi Otani
Scientific Reports, Vol. 5, pp. 9416-1-9416-9 (2015).
Figure 7(a)で、直線偏光の赤外線のレーザーが、TAS plateを通すことで円偏光や楕円偏光が綺麗に混じったビームになるよ、ということを説明する絵だったのですが…赤外線は目に見えません。もちろん”分かる人には分かるよね”ではお仕事になりませんから、色々考えます。(その点、裸の王様のスタイリストはトーク力だけで企画を通したわけで、とても優秀です。)

この論文の共著者である宇都宮大学の東口先生とは長い付き合いで、一番最初のサイエンスイラストから大変お世話になり、学費を収めていないにも関わらず事実上の恩師なわけですが、このイラストの時も、赤外線を何色にするか?で随分話し合ったのを覚えています。

「先生、赤外線だから…赤ですかね…」
「そうですね…」
「でも赤の外だから赤”外”線なわけですよね…白ってどうですか?」
「白はマズイですね…」
「じゃあせめて赤黒くしますか…」

特に物理の世界では、白色の光は、”色々な波長の混じった光”という別の意味を持ちます。この時の研究では単色のレーザーを使うので、光の描写に白を使うのは良くありません。

と、多少脚色しましたが、だいたいこんな風にやり取りを繰り返しながら色を決めました。

ところで、一度こういう体験をすると、世の中の電波を示す絵の、色が気になりだします。
例えば今使ってるパソコンにも、Wi-Fiの接続を示すマークがあります。


Wi-Fiのマークは電波が白で描写されています。
しかし、Wi-Fiは2.4Ghzと5Ghzの周波数を使うので、赤の先、赤外よりもっと外なんだから、赤のほうがいいのでは…

あ、そうか!周波数”帯”だから周波数に幅があって、だから白なんだ!と、だんだん面白くなってきます。

でも、このWi-Fiマークの色についてを呑み会で話のネタにすと、かわいそうな人って思われます。ありがとうございます。

 

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

高分子をイラストに入れるには?

特に生物学や、化学のサイエンスイラストを制作する場合、タンパク質などの大きな分子を絵に入れたくなる時があります。一番間違い無いのは、ご依頼を頂いた研究者の方に必要な画像を送っていただくことですが、皆さんお忙しいので、こちらで調べて「これであっていますか?」とお聞きするのが理想です。(大体の場合、そっちじゃなくてこっちのが近い、といった返信をいただけるので助かります。)

分子を調べる時とても役に立つのはPDBです。
http://www.rcsb.org/pdb/home/home.do
英語版、日本語版などがありますが、どちらにせよ専門用語がモリモリなので、何語で表示されてもあまり関係ありません。検索する時はそれぞれの言語に合わせたほうが良いでしょうが、一般の和英辞書にはないような専門用語でも、とりあえず日本語でWikipediaへ行き、言語を英語に切り替えれば正確なスペルがわかります。
こうして打ち合わせのなかで登場したタンパク質の名前を検索して、該当ページからPDB形式のファイルをダウンロードし、普段使う3Dソフトで読み込みます。

すあなサイエンスでは、3DソフトはBlenderを使っているので(無料だからね!)、まずはPDB形式をBlenderで読めるようにする必要があります。Blenderで.PDBを読み込むプラグインは公式で配布されていて追加は簡単ですが、いかにも高分子な雰囲気を醸し出す”リボン”が表示できず、色々な原子のゴチャッとした集まりになってしまいます。

そこで、まずUCSF Chimeraを使います。
https://www.cgl.ucsf.edu/chimera/
UCSF Chimeraは絵を描くソフトとはだいぶ使い勝手は違いますが、表示をちょっと調整するくらいなら簡単です。


見栄えのためにいじりすぎて不正確になっては意味が無いのですが、PDBで見たことの有るタンパク質を検索してみると、案外世の中に出回っている画像は”整形済み”で有ることがわかります。
詳しい使い方は
http://yubais.net/doc/chimera/
こちらを参考にしながら、まずはselectで不要部分をhideしていきます。

ここでちょっと面白いのが、絵を描くソフトでは”選択部分”に対してどうするか?になるわけですが、このChimeraでは、”選択部分”の”Atomes/Bonds”に対してどうするか?”Ribbon”に対してどうするか?を指定するところです。

”Atomes/Bondsをどうするか?””Ribbonをどうするか?”は、Actionsから。これで見た目をすっきりさせたら、Export SceneでX3D[.x3d]で書き出します。なんとなくOBJで書き出したくなるのですが、OBJではBlenderで何故か上手く表示されませんでした。

それにしてもタンパク質は見ていて飽きないです。
みんな大好き人参のアレとか、こんなかんじ。

こちらはPubChemからダウンロードしました。
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/5280489#section=Top
ビローンて長いんですねえ。なんだか脂っぽい。ああなるほど、だから人参は炒めたほうがいいのかな?なんて具合に、どこかで聞いたタンパク質を眺めているとあっという間に日が暮れます。

仕事をしましょう。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと

絵の良し悪しと審美眼について

これから絵を学ぶという人にとって最も重要なのは、審美眼です。
どの絵が良い絵で、どの絵が悪い絵なのか?絵の良し悪しを決めるパラメータは多くありますが、まずはその絵が、できるだけ多くの人から好かれるかどうか?というのが大きなポイントになります。

インターネットのおかげで、簡単に”お絵描き講座”のような情報が手に入るようになりましたが、その講座を作っている人の腕が良いのかどうか見極める力がなければ、学ぶ時間が無駄になってしまいます。

絵を描くということは、情報を取捨選択するということです。どの情報を強調し、どの情報を削るるか?ということの積み重ねが絵を考えるという工程で、その結果”他人にとって解りやすい情報源”としての役割を持ちます。
サイエンスイラスト・サイエンスマンガの場合、情報の取捨選択について、大きな部分ではご依頼者様と相談することになりますが、一つの絵に必要な取捨選択のすべてを相談することは、あまりに多くの時間が必要になるため出来ません。そこで頼りになるのは、自分自身の持つ知識と、感覚”審美眼”も要素の一つです。

絵に関する知識や技術は学べば誰でも伸びますが、審美眼は教えられて育つものではなく、自ら磨くものだ、と感じます。
まずは好きなものをたくさん作ることです。
観察対象が他人の絵なら、自分の好きな絵を見つけて、そのどこが好きなのか?真似できるところはないか?よく見ることが第一歩でしょうか。好きな絵の”情報の取捨選択”の仕方を一つ一つ、自分の中の引き出しとして蓄えていってください。

当然、仕事の場合は嫌いなものでも描かなければなりませんから、好き嫌い関係なく何でも細かく観察する癖をつけた方が良いのですが、嫌いな勉強は長続きしないですから、最初は好きなものに注意を向けるのが良いでしょう。
最終的には世の中すべてをなるべく好きでいたほうが自分にとって得ですが、嫌いなものは致し方ないです。私はバイクとラッキョウが嫌いです。バイクはスポークの向こう側の景色を描くのが面倒だから、ラッキョウは、ハズレのラッキョウの歯ごたえが嫌いです。

仕事なら描きますが。

サイエンスイラストレーター・サイエンスマンガ家 かつとあつと